必然の混沌
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2006/11/11 味の素スタジアム 東京対川崎
ゆるい順位にいる自チームというのは、どうにも始末が悪い。
優勝などとうの昔に諦めているし、今から年末のカップ戦に絞るわけにも行かない。
降格争いの緊迫があるわけでもない。

もっとも、去年思い知ったが、降格争いの東京ダービーの時は、
スタジアムに全然関係のない騒ぎたいだけの奴らが来て、試合との一体感は皆無。
あの最悪の雰囲気は二度と勘弁願いたいので、降格争いをするくらいならまだゆるい順位の方がいい。

ゆるい順位の方がいい、ということに論理的かつ後付的な理屈をつけるなら、
冷静に試合を見れる、ということだ。
なまじ盛り上がっていると身贔屓が過ぎて見なかったりすることも、
冷めた眼で見ていると、良く見えたりする。
たまにこういう眼で試合を見るのも、いいのかもしれない。
そして、久しぶりにそういう眼で見れたことが幸運な試合にめぐり合ったのだ。

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小雨の降る味の素スタジアムで、ポッキーの日に開催されたのは、東京対川崎。
前期あたりから戦術が成熟し、浦和と唯一互角の打ち合いを演じられるまで成長した川崎は、
典型的なカウンターのチームだ。

当然キーになるのはジュニーニョなのだが、チーム全員がその意識を高く持っていることがポイント。
特に心境著しいダブルボランチ、中村(いまや日本で中村といったら憲剛のことだ)・
谷口がボールを持つや、次の瞬間ジュニーニョが前線でパスを受ける。このタイミングが最大の脅威だ。

そして攻め込ませた攻撃を遮断するのが最終ラインに聳える長身ぞろいの3バック。
この安定感が多少のサイド突破のリスクを低減させる。

じれた相手が嵩にかかって攻めてくれば、
前線でジュニーニョが手薬煉を引いて、ロケットスタートの準備をしつつほくそえむ訳だ。
更にはそのジュニーニョのおこぼれを確実にゲットする脅威のいじられキャラストライカー、我那ぴーが控える。
そして、近年は守備の安定に伴って、両サイドにも攻撃的な選手が配置され機能し始めた。

こことやる時には、どう考えても無謀に攻め込むのは禁物だ。
そして、いかにして相手の長所を消すか。ある程度ボールを持たせつつ罠にかけるのか、
浦和のワシントンのように、力ずくで最終ラインをぶち抜くキャラを使うのか。
ところが、東京には戦術を云々するほどの余裕はなかったのである。

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茂庭ジャーンの二人を欠くストッパーには、増嶋・伊野波を置く。
ただ、結果的にはマークに強い伊野波がジュニーニョに付くため、それなりにいけそうではある。
それ以外はいつものメンバー。高さで注目の平山もやはりベンチである。

しかし、試合は意外な動き方をする。
7分。川崎のフリーキックを土肥が処理ミス。かき出しきれずにポストを叩いたボールが戻ってくると、
ゴールに入らないよう前に弾くしかない。その先には谷口がいた。

結果的にはミスがらみだが、このフリーキックを得たのは、川崎の狙い通りの展開だ。
プレスを受けた徳永が苦しまぎれに前に送ったあげたボールが弾き返され、
これを前線から下がった我那覇が森に叩くと、森はマギヌンにすばやくパス。
右サイドを今野と併走するマギヌンが大げさに倒れて得たものだった。

そして14分の東京の同点ゴールも意外な形で入った。
キーパー吉原のパンチミス(戸田が微妙に触れていたようだが、ボールを待ち受ける鼻先で吉原が弾いていた)
によるこぼれだまをルーカスが押し込んだもの。

雨のコンディションと互いのキーパーのミス。これは典型的な撃ちあいになるパターンである。
「荒れるな」。バックスタンド2階にいた私だけではなく、かなりの観客がそう思ったはずだが、
実際はそれどころの展開ではなかったのである。


17分には川崎。スローインで一瞬気が抜けたのか、マルコンが入れたボールを左サイドに流れた谷口が受ける。
マークが遅れた梶山のスライディングをかいくぐったマイナスのボールをゴールに押し込んだのは、
藤山の背後に一旦消えてからすっと鼻先に入り込んだ我那覇。
我那覇の動きは美しすぎてあっけなく見えるほどだ。これがこの男の怖さである。

東京はリズムが出ない。要因は二つ。この失点にもからんだ梶山のテンポの悪さ。
2代目キングと称される(が、プリンスとは称されない)チームのまさに根幹となるこの男は、
同姓同名の双子の弟がいる、と言われるほど、いい時と悪い時の差が激しい。
この日の東京は、馬場を中心に非常にキレがあり、動きが早かったのだが、
明らかに梶山は流れに乗れず、全ての動きがワンテンポ遅かった。
いわゆる「梶山弟」だったのである。

そして、もう一つは、本日の主審、奥谷がほとんど接触系のファウルを取らなかったことによる。
ファウルを取られないなら、石川の突破を抑えるのは少し容易になる。
逆サイドの戸田は石川と違って逃げるように背後に抜けるので、ファウルで止めるのは難しいが、
何しろシュートが入らないので安全だ。

いつ戸田に鈴木規を替えるのか、梶山に宮沢を替えられるか。勝負どころでは石川か馬場に替えて平山か?
スタンドの私は既に後半のことを考えていた。

そして、じれる東京が自爆の決定的危機を迎えたのが33分。
川崎陣内からのロングスローからのボールをジュニーニョがきれいにマギヌンにパス。
するとマギヌンは一気に抜け出し、左サイドを疾走したのである。
遅れて追走する伊野波、増嶋、今野。そして、ジュニーニョ。
このままキーパーと1対1。そしてとどめ、と覚悟した瞬間、この試合で最も不可解な事態が起こったのだ。

さすがに長い距離を走ったマギヌンの脳裏に、一瞬パスという選択肢もよぎったのだろう。
後方のジュニーニョをちら見してコンタクトを送る。
と、次の瞬間、ジュニーニョは何と必死にマギヌンを追いかけている伊野波を引きずり倒してしまったのだ。
「何故?」呆然としたのはむしろ東京側で見ていた、同様に終戦を覚悟した我々である。

2試合に渡って鼈でマークしてくる伊野波への報復か?
それとも、力尽きて追走を諦めかけた伊野波が、
マイナスのパスを予測してやや中央に走りこもうとしたジュニーニョのコースに
偶然重なったことによる奇跡的な事故なのか?
そしてこのときジュニーニョに提示された必然的なイエローカードが、
後ほど極めて大きな意味を持つことになったのだ。

しかし、そんな事件は、前半終了まぎわの42分。全員が一旦忘れてしまう。
中盤で石川にパスを出そうとした今野からボールを奪ったのはマルコン。
チェックに行った梶山はフェイント一瞬でかわされ、左のマギヌンにパス。
17分の谷口を思い出させるようなマイナスのボールをマギヌンが送ると、
何とそこにはどこからか魔法を使ったかのように現れたジュニーニョが走りこんでいた。
1対3。事実上のとどめのようなものだ。

完全に自分たちの形を持っている川崎。梶山の調子が悪いと機能しなくなる東京。差は歴然としていた。
我々にとっての救いは、「今日の試合は同点でも、とりあえずJ1での対川崎不敗記録は維持できる」という点のみ。
「まあ、2点差ならガンバ戦みたいなこともあるかもしれないから、途中で帰るのだけはやめておこう。」
そう思えたことだけだろう。

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ハーフタイム
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特に交代はなし。観戦していても力が入らない。早く梶山に替えて宮沢だろ。
相変わらず奥谷はファウルも取れない。だんだん当たりが激しくなっていくと、川崎が有利か?
いよいよ冷めた眼でシニカルに見始めていた私の目前では、3分。更に脱力的なプレイが展開した。

川崎のキーパーへのバックパスを吉原が前方に蹴り出すと、
ジュニーニョと、くっついて競りに行った伊野波の二人の頭上をボールは超えて行った。
次の瞬間抜け出してそのボールを確保していたのはマギヌン。必死に藤山が追走するが追いつけない。
レッド覚悟で引きずり倒そうと考えたのだろうか、一旦手を掛けそうになった藤山が諦めたその目前で、
マギヌンは冷静に土肥の股を抜いた。1-4。あまりの体たらくに立ち上がって帰る気も失せる程だ。

気を取り直して帰ろうかと思う間もない6分。馬場がエリアわずか外で箕輪に倒されてFKを得る。
プロフェッショナルファウルで妥当なイエローが提示されるが、
こっちの気持ちとしては「どうせ試合は決まってるんだから、1点くらいいいだろ。
イエロー貰ってまで無理に止めるなよ」というところだ。
ところが、次の瞬間。馬場は素早く戸田にパス。そして、あろうことかこれを戸田が決めてしまった。2-4である。

おー、これで溜飲は下がった。はははは。いやー、いい展開だ。
今日負けたとしても、「川崎? 戸田に決められたチームね。」と馬鹿にすることができる。
そんな気持ちがまだ残っている7分に、全てを一変させるその大事件は起きたのである。

激しい当たりでもファウルは取られないことに、だんだん東京側は適応していったようである。
ジュニーニョが抜けても、増嶋がガツガツ行って止める。
そして、どうやらこの一連のゆるいジャッジに苛立っていたのは、実は我々以上にジュニーニョだったようなのだ。

東京陣内、やや左で偶然こぼれだまを受けたジュニーニョが縦に疾走、完全に抜ける。
そしてエリア内でたまらず伊野波が足を出す。ところが、後ろ向きに出していたため微妙に届いていない。
が、ハードマークに相当ストレスを溜めていたのだろう、ジュニーニョは思い切りダイビングしてしまったのである。
提示されるイエローは2枚目で、程なく赤に変わる。
既に1枚目のイエローが記憶から飛んでいる我々にとっても衝撃である。

スタンドから見ていた感覚では、「レフェリー、お前、このリードしてる展開で1枚イエロー貰ってる奴がダイブするかよ。
そんなところでカード出すなら危険なプレーでファウル取れ」という印象だったが、
帰ってビデオを何度見ても、確かにダイビングだ。足はかかっていない。

1枚は自らの決定機を伊野波を引きずり倒して無駄にし、
今回も決定的チャンスを棒に振り、2決定機を潰した上で退場である。
ありえない展開だ。いくら判定に苛立っていたにせよ、それはこちらも同じ。
ジャッジは下手だが、さほど偏ってはいなかったのだ。理解に苦しむ行動である。
そして、それは無駄にした2点以上に、その後の東京を楽にさせることとなった。

今日の試合は、ジュニーニョをマークするところまではそれなりに機能していたが、
その分手薄になったところで失点を重ねる展開。
その、自動スペース作製機のような男がいなくなったことは大きかった。
また、直後に鈴木規を投入したのが、戸田ではなく石川に替えてだったというのもポイントかもしれない。
徹底的に破られていた自陣右サイドの守備が安定。
我那覇は孤立し、カウンターの脅威はなくなったのだ。

そして、後半17分。いよいよ梶山に替えて宮沢。
彼の精度の高いロングパスは、一人少なくなった川崎には厄介なはずだ。
そして、18分にはマギヌンが伊野波をけってイエローを受け、そのFKを鈴木規が後先考えず強烈に撃ったあたりから、
スタンドはお祭り騒ぎとなり始めたのである。

そして、ここで再び不可解な事態が起きる。
たびたび東京の左を効果的に破っていたマギヌンを変えて佐原投入。
まだ後半22分である。いくら防戦一方の展開になってきたとはいえ、守りに入るのは早すぎる。
イエローを1枚貰ったこともあるのかもしれないが、こっちに絶対的な高さを持つ切り札があるのに、
パワープレーをやってくださいと言わんばかりの謎の采配である。
そして、右の守備の不安から解放された東京は、素直に従い、戸田に替えて平山。
この頃から、視界に頻繁に徳永が登場するようにな、懸案の右サイドの力関係も逆転。
完全に一方的な展開となった。

投入された平山は効いた。あの川崎の最終ラインに全く負けない。
しかも、佐原まで加わって微妙に連携が変わったのか、川崎の守備陣の混乱ぶりは
こちらから見ていて気の毒なほどだった。

そして消耗した我那覇が鄭に交代した以降は川崎はカウンターすら伺うことはできなかった。
抜かれかけても激しく当たってボールは奪えるのだ。
そして、38分に東京に追撃の3点目が入る。今野のクロスをまたも吉原が中途半端なパンチング。
これが鈴木規→平山とヘディングでダイレクトにつながった。
キーパーは序盤にミスを犯すと、なかなかその呪縛から逃れられないものと言われるが、
その典型のような失点といえるだろう。

そしてまたも信じられない事件がおきる。直後の徳永のファウルのリスタート。
一旦位置を戻されたボールをマルコンが前に再び位置を変え、これが遅延行為と取られてイエロー。
前半に石川を削って1枚受けていたため、2枚目でレッドとなり、退場となったのだ。

このプレー自体での退場はかわいそうな気もするが、ハーフラインを挟む位置で、
ボールを動かせば異様に目立つところだったのに、何でそんなことをするのか理解に苦しむ。
さらに、前述のマギヌンの交代時もそうだったが、
異様に早い時間からひたすら時間稼ぎを続けていた川崎の姿勢は確かに目にあまるものがあり、
スタジアム全体に「遅延行為にイエローを出せ」という空気を充満させていたことを棚に上げて、
このジャッジのみを非難することはできないだろう。

まもなく入ったロスタイムは6分と表示された。
ここから先の展開はこの時点でスタジアム中に確信として満ち満ちていた。
直後、藤山が放り込んだボールのこぼれだまに飛び込んだ鈴木規が右足でやわらかいパスをふわっと送ると、
何とヘディングでしっかり叩きつけたのは宮沢。4−4の同点である。アンビリーバボー。

本当はこの時点で終わりにしても良かったのだ。川崎と引き分けて不敗記録を積み、
そして、最後に浦和に煮え湯を飲ませる。それが当初描いていたストーリーなのだが、もう止められない。
川崎がロスタイムを大量に積み上げてしまっていたのだからそっちの責任である。

ひたすら押し込み続けてロスタイム終了間際。
昨年の最終戦。セレッソを奈落の底に落とした男、今野のミドルシュートが、またも炸裂したのであった。
もうここまで来ると訳がわからない。
時間の感覚も吹っ飛んでしまって「切り替えろー、守り倒せー」と叫んでいた私はただのアホである。

試合終了後はこっちも燃え尽きて疲れはてていたため、
後半開始頃とは別の意味でしばらく立てなかったのであった。

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しかし、訳のわからない試合であったが、ほとんど全てが必然のように起こっていて、
そして必然のように繋がっている。

たぶんレフェリー問題は色々言われるだろうが、基準の位置自体に疑問は残るし、
アドバンテージの取り方が曖昧だった(これは流れ的にはしかたないかな)点で問題はあるが、
ほぼ基準が一定していた点では、ワラカシやイエモン、アナザーなどに比べればまだ遥かにましであると言える。

それよりも問題なのは、そのあたりの不審感を増大させて自爆したジュニーニョ。
謎の選手交代で墓穴を掘った関塚。
パニックを修正できないまま終わった守備陣。このあたりの責任の方が遥かに重大なはずである。
このあたりをしっかり認識できないと、川崎はせっかく根付いてきた文化が元に戻っちゃうよ。

まあ、我々はそうだね。こういう必然の流れを、偶然ではなくて、戦略的に引き出して欲しいものである。
それが戦術というものなのだと思うのだ。倉又さんが全部狙っていたのなら凄いんだけど。

しかし、オシム語録もそうだが、私はこういう時はむしろ野村(克也)語録を思い出して感服するのだ。
「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」

しかし、私が相手の立場だったら、こんな見方はできたかね? できないだろうなあ。
まあ、それって、我々よりは幸せだっていうことなんだよ。川崎の皆さん。